古市 一口に「震災後」といっても、その人の住む場所や置かれたポジションによってまったくリアリティが違うなと思います。東京など中央にいた言論人によく見られた言説ですが、3.11をきっかけに日本は変わって、新しい公共性や希望が生まれるというようなことが震災直後は語られていました。
ところで僕は3.11の少しあとに関西や九州に行っていたんですけれども、そこで見たリアリティはまるで違ったものでした。
別に街中で騒いでいるわけでもないし、みんな普通に会社にも行っている。東北地方で大きい地震があったことに関しては心を痛めているけれども、少なくとも東京ほどの緊張感はなかった。むしろ僕が印象的だったのは、3.11ぐらいでは変わらないような確かな営みとして、日常というものが続いているんだなということです。
小熊 私も3、4月は京都にいましたから同じことは感じていました。今年度から朝日新聞の論壇委員になって、一通りの雑誌が送られてきてそれを読む仕事をしていますが、いわゆる論壇で大騒ぎされているようには変わらないだろうとは思っていました。
論壇で「日本が変わる」といっていた人の大部分は、前からいっていることを繰り返していただけでしたね。これを機に新しい公共性ができるという人は、前からそういっていた人だし、震災復興を自由化で進めようという人は前からTPP賛成といっていた。「日本人はだめになった」といっていた人は相変わらずそういい続けているし、「被災地にボランティアに行け」という人は前から「若者は軍隊に行け」といっていた人です。
震災を機に、その人が従来から思っている「望ましい方向」に変わってくれればいいなと期待表明をしているだけだ、ということがよくわかりました。そもそも社会構造の基盤が変わらないんだから、意識がそう変わるわけがない。社会構造の変化に意識がついていってなかった部分が、これを機会に社会構造に沿ったかたちに変わるということはあるかもしれませんが。