「俺は差別と黒人が嫌いだ」ってのは「嫌い」が内心の問題とすれば成り立つんだけど「差別語を平気で使うあいつらは土人レベル」ってのは、どう贔屓目に見ても擁護できない。それは内心の問題ではなく評価の言葉として発している物だから。
「日本人の差別に対する鈍感さは土人レベル」を作った件の編集者とそれを披露した高橋浩祐氏は「一行で矛盾した差別に関する文」の金字塔を打ち建てたと言っても過言ではない。
a0ikit0iki:

アルドノア・ゼロ
9話-韻子的総括、そして心の叫び

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アルドノア・ゼロ

9話-韻子的総括、そして心の叫び

嵐の相場くんがインタビューで「アホなひとが好き」っていっててアホの定義を聞かれ「力の配分に損得がないこと」と答えていてあまりの的確さに感動をおぼえた
岡田斗司夫の言で一番面白かったのは、「アオイホノオのドラマで一番リアルじゃないところは、庵野秀明の彼女が出てこないところですよ。庵野秀明はとんでもないリア充野郎で、当時から今に至るまで彼女を切らしたことがないんだ」ってとこ。そりゃ島本和彦の敗北感も理解できる。
ブラック企業の呼び方として、「日本型企業」と言う用語を新たに提唱しよう!
あの頃は「知の共有」「集合知」「シェア」「建設的な議論」「発想のパラダイムシフト」みたいなネットが掲げた理想を追求しようとする人々が情報発信をしていたように思います。実名じゃなかったけど、「○○ブログの人」みたいな感じで信頼感はあった。だからこそ、あの時代にイケダさんが今回のような提案をしたら納得できたかもしれない。いや、「パクリ」なんて言葉は使いませんよ。「みんなで回覧してちょっと意見頂戴よ」「オレのネタ使っていいから、あなたのネタも使わせてね」という感じでしょうか。

そして、各人が自分のブログの評判という「失うもの」を持っていたから露骨なパクリはまかり通らなかったし、村社会だったから「常識の範囲の引用」を心がけていた。しかしながらネットは2007年ぐらいからはそんな崇高な理念など持っていない人々の遊び場になり、無法地帯となった。さらには、ネットでカネを稼げることが分かってきた! これがデカい。

ヨッピーさん言うところの「通り魔がウヨウヨ徘徊」状態になったのでした。
日本の未来は Wow Wow Wow Wow(言葉を濁す)
世界がうらやむ Yeah Yeah Yeah Yeah(テンションで濁す)
恋をしようじゃないか Wow Wow Wow Wow(論点のすり替え)
みたいなのを前見て以来LOVEマシーン素面で聞けない
- (via miscforseek)
エヴァ破を見て「こんなガキに戦わせないでこのヒゲ親父が戦えよ」と言うと、後輩が「エヴァには母親の魂が宿っててその子供しか乗れないんす」と解説。「じゃ、シンジのばあちゃんの魂を宿らせてヒゲ親父が戦えばいいじゃねえか」と言うと「や、まあ、それなら」とあたふたしておった。ヒゲ親父が戦え
主人公のミニットマンとイクエイションが謎めいた都市伝説「ニンジャスレイヤー」を追い、その秘密を紐解いてく話だと思ってたら最初の話でミニットマン死んだ

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